パソコンおもしろ講座
5)インテル対AMD CPU開発競争
パソコンの歴史はCPUの歴史ともいえます。今回はCPUの発展をインテルとAMDの開発競争を中心にまとめてみました。
前史
1:シリコンバレーの興隆
シリコンバレーに最初に拠点を作ったのはパソコンサプライ製品の供給で有名なヒューレット・パッカード社でした。しかし、本格的にこの地域を先端科学産業地域に発展させるきっかけになったのはトランジスタの発明でノーベル賞を受けた三人の科学者の一人、ウィリアム・ショックレー博士が作った「ショックレー半導体研究所」(1956年設立)です。
しかしショックレー氏は科学者としてはともかく経営者としては問題があったようで、従業員たちは大いに不満をもつようになりました。その結果、「裏切り者の八人」と呼ばれる研究者たちが新たに作った会社が「フェアチャイルド・セミコンダクター社」(1957年設立)です。この会社からインテル、AMD、ナショナルセミコンダクタを始めとする百以上の企業が分離していきました。これらの企業をまとめてフェアチルドレンと呼びます。
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2:インテルの成功
フェアチャイルド社の創立メンバーだったロバート・ノイス博士とゴードン・ムーア博士の二人が出資元の親会社に不満を覚え、分離独立したのがインテル(1968年設立)でした。(続いて剛腕マネージャのアンドリュー・グローヴ氏も参加)インテルはICとマイクロプロセッサ(MPU)の発明に大きく寄与しました。しかしMPUの生産には数多くのライバルが存在し、なかなか主導権を取れませんでした。
最終的にインテルを引き上げたのは巨人IBMでした。IBMがパソコンのCPUにインテルの8086を採用し、MS-DOSを導入した時点でライバルたちへの優位が確立したのです。技術的に優位な部分もあった他の企業も、インテルとMicrosoftのライセンスに阻まれてパソコン市場に参入できなくなったのです。(注・MPUはCPU、GPU=画像表示チップ、音声チップなどをすべて含む呼称)

IBMに引き上げられるインテルと焦るライバルたち・モトローラはアップルに採用
3:インテルとAMDの確執
その後IBM互換パソコン向けMPU生産に関わることが出来たのはインテルとライセンス契約を結んでいた数社だけになりました。その一つがAMD(アドバンスド・マイクロ・デバイセズ)です。両社は契約をめぐって互いに訴訟を起こし、長く争いました。この対立にはシリコンバレーきっての伊達男ジェリー・サンダース氏と業界最強硬派のアンドリュー・グローヴ氏という二人の個性も影響したようです。
インテルのゴードン・ムーア氏は当時のことをこう書いています。
「AMDとの場合は、どちらもかなり感情的な状態にまで行ってしまった。なかなか決着がつかず、あまりに辛辣なやりとりにまで発展したため、協力が難しい関係になってしまった。(中略)あと十年はかかると思っていたので九五年初めに和解に達したのは驚きであった。」(『インテルとともに-ゴードン・ムーア私の半導体人生』玉置直司取材・構成 日本経済新聞社 1995年)
しかし、闘いはこれから始まるのです。
開発競争年表
4:Pentiumの登場まで
| 年月 | インテル | AMD | |
| 1982年 | 80286 | 80286ライセンス生産 | ![]() i386 |
| 1985年10月 | 80386(i386) | ライセンス終了 | |
| 1989年4月 | i486DX | ||
| 1990月8月 | Am386 | ||
| 1992年 | Am386がi386を上回る高セールスを記録 Cyrix(サイリックス=ナショナルセミコンダクタ)から Cx486も出る | ||
| 1993年3月 | Pentium 66MHz | ![]() i486SX |
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| 1993月4月 | Am486DX2 | ||
| 1994年3月 | i486DX4 75/100MHz | ||
| 1995年 | Am486DX4 120MHz | ||
| インテルが次世代CPUとして発表したPentium Proが失敗 互換CPUメーカにもビジネスチャンスが生まれる |
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| 1996年1月 | Pentium 150/166MHz | Am5x86(K5) | |
5:1ギガヘルツを目指す闘い
| 年月 | インテル | AMD | |
| 1996年6月 | Pentium 200MHz | ![]() K5 |
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| 1996年10月 | 新K5 150MHz | ||
| 1997年1月 | MMXPentium 166/200MHz |
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| 1997年4月 | K6 233MHz | ![]() PentiumII |
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| 1997年5月 | PentiumII 266MHz | ||
| 1997年11月 | PentiumII 333MHz | K6 266MHz | |
| ハイエンドCPUはインテルの独走態勢になったが、普及クラスではAMDのK6、Cyrixの6x86MX、IDTのWinChip C6という互換CPUがPentiumIIの半値程度という価格を武器に市場を席巻した | |||
| 1998年4月 | Celeron 266MHz/300MHz |
![]() K6-2 |
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| 1998年5月 | K6-2 300MHz | ||
| 1998年8月 | 新Celeron 300A/333MHz |
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| 1999年3月 | PentiumIII 450/500MHz |
K6-III 400/450MHz |
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| 普及クラスの奪還を目指してインテルが発売した初期セレロンは劣悪な性能のために失敗、しかしソケットタイプに改良された新セレロンは高性能・低価格を実現し、互換CPU陣営は一気に苦境に陥った | |||
| 1999年8月 | PentiumIII 600MHz | Athlon 600/650MHz |
Athlon(カバーなし) |
| 1999年10月 | 新PentiumIII 667/733MHz |
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| 1999年11月 | Athlon 750MHz | ||
| 1999年12月 | 新PentiumIII 750/800MHz |
![]() 旧PentiumIII |
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| 2000年3月 | 新PentiumIII-1GHz | Athlon-1GHz | |
300メガヘルツを越えてからわずか2年で夢の1ギガヘルツへ到達した二社。内実はかなり無理していたようです。しかし競争はこれで終わりではありません。さらに2ギガヘルツを目指す闘いが続きます。
6:2ギガヘルツを越えて
| 年月 | インテル | AMD | |
| 2000年7月 | PentiumIII-1.13GHz | ![]() 新PentiumIII |
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| 2000年8月 | PentiumIII回収騒ぎ | Athlon-1.1GHz | |
| 2000年10月 | Athlon-1.2GHz Duron-800MHz |
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| インテルの大失点続く。PentiumIIIが限界をさらし、普及クラスはDuronに差をつけられた。1年前と立場が逆転。 | |||
| 2000年11月 | Pentium4 1.4/1.5GHz |
![]() Pentium4 |
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| 2001年4月 | Pentium4 1.7GHz |
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| 2001年6月 | Athlon-1.4GHz | ||
| 2001年8月 | Pentium4 1.9GHz/2.0GHz |
AthlonXP |
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| 2001年10月 | AthlonXP 1700+/1800+ |
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| 2002年1月 | Pentium4 2.0AGHz/2.2GHz |
AthlonXP 2000+ |
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| 本気になったインテルはPentium4を投入、クロックを上げやすい設計で一気に2ギガヘルツを越えた。一方性能で勝っているAthlonはモデルナンバーを導入した。 | |||
| 2002年3月 | AthlonXP 2100+ |
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| 2002年4月 | Pentium4 2.4GHz |
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| 2002年5月 | Pentium4 2.4BGHz/2.53GHz |
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| 2002年6月 | 新AthlonXP 2200+ |
新AthlonXP |
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| 2002年8月 | Pentium4 2.66GHz/2.8GHz |
新AthlonXP 2400+/2600+ |
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| 2002年10月 | 新AthlonXP 2700+/2800+ |
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| 2002年11月 | Pentium4 3.06GHz |
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| 2003年2月 | 新AthlonXP 2800+/3000+ |
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| 2003年5月 | 新AthlonXP 3200+ |
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| 2003年6月 | Pentium4 3.2GHz |
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一歩もひかず3ギガバイトまでやってきた二社でしたが、大きな問題にぶっつかっていました。それは消費電力と発熱です。クロックアップだけで性能向上をはかる方法はもう限界にきていました。これ以降二社は別の方法を模索することになります。
7:64ビットとデュアルコア
| 年月 | インテル | AMD | |
| 2003年3月 | Pentium M *低消費電力を打ち出したノート用製品 |
Athlon64 |
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| 2003年9月 | Athlon64/Athlon64 FX *パソコン向けでは初の64ビットCPU |
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| 2004年6月 | Sempron *Duron以来の廉価版製品 |
![]() Pentium D |
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| 2004年11月 | Pentium4 570J 3.8GHz |
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| 2005年5月 | Pentium D *初のパソコン用デュアルコア製品 |
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| 2005年6月 | Athlon 64 X2 *高性能のデュアルコア製品 |
![]() Athlon 64 X2 |
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| 2006年1月 | Core 2 Duo *PentiumDの欠点を改良 |
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| 2007年1月 | Core 2 Quad *初のパソコン用クアドコア製品 |
![]() Core 2 Duo |
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| 2007年11月 | Phenom *高性能のクアドコア製品 |
2003年頃から64ビット化、マルチコア化によって高性能と低消費電力・低発熱を両立しようとする試みが行われています。最後の高クロック製品は3.8ギガヘルツでした。今後の展望としてはナノテクノロジーからバイオテクノロジーへの技術革新が起こるという話がありますが、さてどうなりますか。
*裏の話をしますと、この開発競争には上位のサーバ、スパコン(スーパーコンピュータ)の技術開発が反映されていました。並列処理などスパコンのプロセッサ技術を取り入れる事でパソコンのCPUが高機能になってきたのです。その結果として、コストの下がったインテルとAMDのCPUがスパコンの心臓部に採用されるようになりました。
2000年頃はサーバ・スパコンのCPUはモトローラ系が40%を占め、日立・NECなどの国産チップも一定の市場を獲得していました。それが2007年にはインテル・AMDが80%を占め、モトローラは20%に半減。国産チップは壊滅するという状態になりました。
CPU市場においてインテルが独占企業にならず、厳しい競争で(電気消費量が上がるなどマイナス面もありますが)パソコンが高機能になったのは消費者としては喜ぶべきことだったと思います。
*写真は主にIntelジャパン、AMDジャパンサイトからお借りしました。
| *付録としてその他の主なMPUとメーカについて書いておきます | ||
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| ナショナルセミコンダクタはCyrixをVIA Technologiesに売却。Cyrixは省エネマシン用に細々と開発され続けました。 | ナショナルセミコンダクタは組み込み用MPUのGeodeをAMDに売却。Geodeは小型ノート、PDAなどで使われています。 | 省エネプロセッサの先駆けとなったのがトランスメタ社のクルーソー。後継のEfficeonも発売されました。 |
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| 組み込み用プロセッサメーカーBRECIS社のMSP2000。ルータなどのネットワークプロセッサに使われています。 | Silicon Image社のグラフィックチップはパソコンだけでなく、ビデオ、ディスプレイなどの映像機器に使われています。 | ビッグ・ブルーこと巨人IBMはサーバ用CPU「Power」で大きなシェアを持っていました。 |
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日立が生産するMPUの一つ、h8-3664f。 |
NECが生産するMPUの一つ、MP211。 | SUNが生産する「UltraSPARC」もサーバ用途として大きなシェアを持っていました。 |
| *注目の低電圧CPU | ||
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VIA Eden Cyrixから発展し、主に組み込み用として開発された低電圧版CPU。 1W〜7.5Wで作動する。基本性能は高くないが、用途に合わせて多種類の製品が生産されている。 さらにAtomに対抗する新型CPU「Nano」も発表。 |
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Intel Atom UMPC(Ultra-Mobile PC) や、インターネット向け低価格ノートブックPC (ネットブック) 用に開発されたCPU。 0.6〜2.5Wという超低電圧で作動し、しかも高性能である点が注目されている。 |
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