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パソコン20年史(1977〜1997)

◆この講座ではコンピュータの詳細な歴史物語を作成していますが、およそ100年にわたる年表はメインフレームやスーパーコンピュータが中心の、雲の上の話が多くなります。そこで、まずコンピュータが一般の世界に降りてきた1977年の「パソコン元年」から始まる「パソコン20年史」を先行して作成しました。

国内の、この20年はほとんど日本電気(NEC)のPC-9801(通称『キューハチ』)の歴史といってもいいかもしれません。PC-8001の発売から PC-9801、9821を経てPC-NXで幕を閉じるNECの市場独占時代です。そこでNECを中心に、互換機メーカーのEPSON、次いでPC-9801対抗ライバル御三家SHARP、富士通、Appleの三社を並べました。その次にはラップトップ&ノートパソコンの王者東芝、国内メーカーの多数を率いて一時代を築いたMSX規格の流れを配し、その後には時代にショックを与えてきたメーカー三菱とソニー二社を並べました。末尾にはパソコンの規格を決定してきた巨人IBMの代表マシンと、参考までに任天堂ゲーム機の変遷を置きました。

☆年表はクリックすると別ページで開きます

年表小


◆年表には日立、サンヨー、パナソニック、沖電気、カシオ、ソード、他の国内メーカーを含みません。それぞれ重要なマシンを開発したメーカー群ですが、スペースの都合で今回は割愛しました。またMSXはメーカーではなく規格で、見本画像にはパナソニックのものを使用しています。さらにIBMを例外として、「黒船ショック」を与えたCOMPAQ、DELLを始めとする海外メーカーも省略しました。これらメーカーと製品の概略はpart7:パソコン歴史アラカルトに掲載しています。

AppleU
PET2001
TRS-80
アップル社のAppleU
コモドール社のPET2001
タンディ・ラジオシャック社のTRS-80


◆年表はアメリカに元祖パソコン御三家といわれるAppleUPET2001TRS-80が現れる1977年を起点にしています。この三社のうちコモドール社は90年代まで生き残れず、タンディ・ラジオシャック社は90年代にはパソコン事業を停止したので年表からは省いています。
この完成品としてのパソコン御三家から始まるパソコン時代の前に、マイクロコンピュータ(マイコン)の時代がありました。最初に前史としてのマイコン時代にふれてみます。 ページのトップへ

【前史】マイクロコンピュータ時代

◆マイコンはごく簡素なコンピュータで、一枚の基盤にマイクロプロセッサと電子部品、簡単な入出力セットを備えています。その形から「ワンボードマイコン」とも呼ばれました。これを使うには回路やメモリーなどを自分でハンダ付けし、カバーなども自作する必要がありました。マニアたちにとってはその難関にチャレンジするのが一つの楽しみでもありました。
マイコンの裾野が広がってくると、周辺機器やケースなどが一緒になった「組み立てキット」として売り出されるものも出てきました。パソコン前史に著名な「アルテア」などはこの一種です。

国内で売り出されたマイコンでよく売れたのはNECのTK-80で、元は技術者のトレーニング用でした。それがホビー用として意外な人気を得たので、他のメーカーもこれに続いて自社製のマイコンを売り出しました。パソコン元年の直前、1976年のことです。
主なメーカーと製品は、東芝「EX-80」、松下電器「KX-33」、SHARP「SM-B-80T」、富士通「Lkit-8」、Intel「SDK-85」などです。

TK-80
EX-80
KX-33
NEC「TK-80」
東芝「EX-80」
松下電器「KX-33」
SM-B-80T
Lkit-8
SDK-85
SHARP「SM-B-80T」
富士通「Lkit-8」
Intel「SDK-85」


◆限定された機能ながらホビーや学習に活用していたマイコンマニアたちでしたが、マイコンを本格的に使うためにはモニターやデータレコーダ、高価なメモリが必要で全部そろえる と100万円を超えてしまいました。
1977年になると「海の向こうでは完成品のコンピュータが20万円程度で手に入るそうだ」、という情報が流れてきて、そのためだけに渡米するマニアもいたほどでした。日本国内でも「もっとまともなパソコンを」という声が高まりました。

◆最初の国産パソコンは、アメリカのパソコン御三家と同じ1977年に売り出された精工舎のSEIKO-5700だといわれています。日本の技術水準を示すこのマシンですが、値段は数百万円したらしく実質的に研究者向けであり、実存する台数も限られていて、まさしく「まぼろしのパソコン」といえる存在です。

一般消費者向けに売り出された国産パソコン第一号は日立製作所の「ベーシックマスター」でした。このマシンは同じ年に出たSHARPのMZ-80、1979年に出たNECのPC-8001とともに「8ビット御三家」と呼ばれました。あとの二機種が大ヒットしたのに対し、残念ながらこのパソコン第一号は後継機種ともどもそれほど売れないままに終わりました。こうした エピソードを織り込みつつ、日本PCの歴史が始まりました。

SEIKO-5700
日立ベーシックマスター
SEIKO-5700
日立ベーシックマスター
PC-8001
MZ-80
PC-8001
SHARP MZ-80

*SEIKO-5700の画像および記事は、現在Attic or Garret:Time Machineにあるのみです。

  part2:NECとEPSON⇒ part3:SHARPと富士通⇒ part4:Appleと東芝⇒
  part5:MSXと三菱⇒ part6:SONYとIBM⇒ part7:パソコン歴史アラカルト⇒

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